茶の湯は慰(なぐさ)みにて候

6月に入りました。6月2日は「敵は本能寺にあり!」

の言葉で有名な本能寺の変が起きた日です。

天正10年6月2日に京都の本能寺に宿泊していた織田信長と後継者の信忠を

織田家臣の明智光秀が襲いました。

この本能寺の変ですが、なぜ明智光秀が謀反をおこしたのか、本当に首謀者が

光秀であったのか諸説たくさんありますが、そのあたりは割愛します。

織田信長は前日の1日に茶会を開いています。

茶会とは客を招いて茶を供する会合の総称。

この時期のお茶は、茶摘み最盛期である八十八夜で摘まれたお茶で、縁起を担ぐ

という意味合いと気候条件も含めて極上です。

お茶は千利休により茶道として完成されます。

茶会は武将同士の親睦を深め、情報の交換をし、名器のお披露目もできる場所。

あの豊臣秀吉も『茶の湯は慰(なぐさみ)にて候』といっているように、お茶を

飲むとホッとするし、落ち着くし・・・。

これは、現在の午後のティータイムと一緒で、大いに共感できるところでもあります。

茶道とかしこまらずとも、お茶を入れて飲む時間の確保というものは、時代を経ても

受け継がれている文化ともいえるのではないでしょうか。

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